右脳を使っていた天才たち(日本編)

右脳を使っていた天才たち(日本編)

それぞれの逸話から右脳を使っていたと思われる、日本の天才たちを紹介します(生年順)。

弘法大師空海
774/7/27 - 835/4/22。
真言宗の開祖。
嵯峨天皇・橘 逸勢と共に三筆の 1 人。

一沙門から、虚空蔵求聞持法(こくぞうぐもんじほう)という虚空蔵菩薩の真言を百万遍唱えることによる記憶術を授かり、中国語とサンスクリット語を修得したと言われる。
帆足 万里
1778/2/11 - 1852/7/30。
大分の蘭学者。

染物屋の店先で雨宿りをしていたとき、店の主人が大福帳をめくるのを見ていた。
数日後、その店が火事で焼けたとき、貸し金の相手と金額が分からず困っている主人に、内容を克明に再現した。
南方 熊楠
1867/5/18 - 1941/12/29。
博物学者・民俗学者。

10 歳の頃、蔵書家の「和漢三才図絵」全 105 巻(百科事典のようなもの)を見て記憶し、帰宅後、得絵図も含めて書き写した。
ロンドン留学中、10 年間で 19 ヶ国語を身に付けた。
福井 謙一
1918/10/4 - 1998/1/9。
化学者。ノーベル化学賞受賞。

枕元にメモ帳と鉛筆を常備したり、散歩にも手帳を持って出掛けたり、。
「メモしないでも覚えているような思いつきは大したものではない。メモしないと忘れてしまうような着想こそが貴重なのだ」と述べている。
三島 由紀夫
1925/1/14 - 1970/11/25。
作家。

「私の本の中の人物は、私の頭の中で勝手に生きているのです。彼らが何をし、何を言うのか私は知らないのです。彼らはいつも私を驚かせます。実際私は彼らの言う通りを紙に書いているだけです。だから私は本を書くのにあたって構想を立てるということはまるでないのです」と述べている。
岩城 宏之
1932/9/6 - 2006/6/13。
指揮者。

エッセイ集「指揮のおけいこ」に、約 200 曲の楽譜をフォトコピーしていることが書かれている。
エッセイ集「楽譜の風景」では、頭の中で 2 ページ分の画像をめくってしまった失敗も紹介した。
養老 孟司対談集「話せばわかる」において、「複雑な曲のほうが模様として記憶しやすい」と述べている。
内田 康夫
1934/11/15 - 。
作家。

「ぼくはこれまで一度もプロットを考えて書いたことがない。おもしろい話を思いつくまま、ワープロのキーをたたくだけである。たたきながら、次々にその先の情景やひとの動きが見えてくる。そんな具合だから、ミステリーを書いていながら犯人が誰かわからないことがある。『長崎殺人事件』では、ストーリーの五分の四ぐらいまで書いても、犯人が誰なのか、ぼくは知らなかった」と述べている。
羽生 善治
1970/9/27 -。
棋士。

1996 年、7 タイトル(竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将)全てを制覇して七冠王になる。
「終盤になると最終局面がイメージでき、その詰みになるように進める」と述べている。
「NHK スペシャル」で羽生の脳を観察したところ、右脳が活発に働いていることが確認された。